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那覇地方裁判所 平成6年(行ウ)8号 判決 2000年6月14日

原告

株式会社 大宅興産

右代表者代表取締役

玉城正幸

右訴訟代理人弁護士

照屋寛徳

宮國英男

被告

沖縄税務署長 知念武則

右指定代理人

星野敏

和多範明

浜元良昌

眞榮城もと子

鍋内幸一

富村久志

古謝泰宏

外間克己

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対して平成三年四月八日付けでした昭和六二年八月一日から昭和六三年七月三一日までの事業年度以降の法人税の青色申告承認取消処分を取り消す。

二  被告が原告に対して平成三年四月九日付けでした昭和六二年八月一日から昭和六三年七月三一日までの事業年度分の法人税の所得金額を二億五四五〇万九六九二円と更正した処分のうち、金八六〇一万八八四七円を超える部分及び重加算税賦課決定処分を取り消す。

三  被告が原告に対して平成三年四月九日付けでした昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの事業年度分の法人税の所得金額を四億九五〇〇万二四九三円と更正した処分のうち、金三二五八万五七一五円を超える部分及び重加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、不動産仲介等を業とする株式会社である。

2  原告は昭和六二年八月一日から昭和六三年七月三一日までの事業年度(以下「昭和六三年七月期」という。)及び昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの事業年度(以下「平成元年七月期」という。)の法人税について、次のとおり、いずれも法定申告期限までに確定申告し、納付すべき税額を納付した。

所得金額 八六〇一万八八四七円 昭和六三年七月期

三二五八万五七一五円 平成元年七月期

課税土地譲渡 〇円 昭和六三年七月期

利益金額 一〇六四万六〇〇〇円 平成元年七月期

納付すべき税額 三六三六万一三〇〇円 昭和六三年七月期

一五八五万二一〇〇円 平成元年七月期

3  被告は、原告に対し、右確定申告後に平成三年四月八日付けで昭和六三年七月期以降の青色申告の承認取消処分をし、更に同月九日付けで次のとおり、各事業年度について法人税更正処分及び重加算税賦課決定処分をした(以下、まとめて「本件処分」という。)。

所得金額 二億五四五〇万九六九二円 昭和六三年七月期

四億九五〇〇万二四九三円 平成元年七月期

課税土地譲渡 一億六九七一万六〇〇〇円 昭和六三年七月期

利益金額 六億二三一七万一〇〇〇円 平成元年七月期

納付すべき税額 一億五六八〇万四四〇〇円 昭和六三年七月期

三億九三八二万四七〇〇円 平成元年七月期

重加算税額 四二一五万四〇〇〇円 昭和六三年七月期

一億三二二八万九五〇〇円 平成元年七月期

4  原告は、平成三年五月一七日、本件処分を不服として異議申立てをしたところ、異議申立後三か月を経過しても異議決定がされないので、異議決定を経ないで、同年九月一七日、国税不服審判所に対し審査請求をした。

5  国税不服審判所は、平成六年六月二九日付けで、平成元年七月期の法人税更正処分及び重加算税賦課決定処分のうち、本税の額三七五六万二一〇〇円及び加算税の額一三一四万六〇〇〇円について取り消す裁決をしたが、その余の処分については、原告の請求を棄却した。すなわち、昭和六三年七月期の処分については請求を棄却し、平成元年七月期について、

所得金額 四億九五〇〇万二四九三円

課税土地譲渡利益金額 四億九七九六万四〇〇〇円

納付すべき税額 三億五六二六万二六〇〇円

重加算税額 一億一九一四万三五〇〇円

とし、平成六年七月四日ころ、原告に対し、通知した。

二  原告の主張

1  被告は、本件各事業年度で行われた別表1記載の「本件不動産物件一ないし一〇」の不動産(以下「本件物件」といい、各物件を指すときは「物件一、二・・」という。)の取引(以下「本件取引」という。)について、原告が譲渡人伊野波盛輝(以下「伊野波」という。)と譲受人株式会社オータ(以下「オータ」という。)の単なる仲介人として関与したにすぎないにもかかわらず、原告自身が譲渡の当事者であるという事実誤認に基づき、本件処分を行ったものであり、実体的に違法である。

2  本件青色申告承認取消処分において、取消処分の基因となった事実の欄に実在しない「合資会社中部電化商事」との記載がされており、「合名会社中部電化商事」の誤記だとしても、右付記理由の不備は法人税法一二七条二項の趣旨に反するものであり、違法である。

3  被告は平成三年四月八日に青色申告承認取消処分をし、翌日に本件更正処分及び重加算税賦課決定処分を行い、法人税法一三〇条一項の調査、同二項の理由付記を行っていないが、これは帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料が存在しないため、法人税法一三〇条二項の趣旨を潜脱するために行われた脱法行為であり、違法である。

4  よって、原告は、審査請求によって取り消されなかった部分の処分についての取消しを求める。

三  被告の主張

原告は、本件取引のうち、物件三ないし五、七ないし一〇については、中間取引人である伊野波への譲渡代金を、物件一、二及び六については不動産仲介手数料を収入に計上して法人税の確定申告を行っているが、これは原告が本件物件のオータへの譲渡人であるにもかかわらず、伊野波を中間譲渡人として介在させ、原告はあたかも譲渡の仲介人であるかのように仮装して仲介手数料及び譲渡益の一部のみを計上し、譲渡利益を除外して申告していたものである。

したがって、本件更正処分は適法であり、このような原告の行為は国税通則法六八条一項の「事実の仮装・隠ぺい」にあたるから、同条に基づく重加算税賦課決定処分は適法である。また、原告は右譲渡利益を帳簿に記載しないで昭和六三年七月期の確定申告書を提出しており、右行為は法人税法一二七条一項三号の「帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し」に該当するから、青色申告承認取消処分も適法である。

第三当裁判所の判断

一  契約書及び登記簿の記載

別表1「玉城物件」欄記載の物件(以下「玉城物件」という。)は、前所有者島袋清信から原告代表取締役玉城正幸(以下「玉城」という。)に売却され、玉城から伊野波を介さずに直接オータに売却されたことは争いがない。また、別表1「伊野波三物件」欄記載の物件(以下「伊野波三物件」という。)は、いずれも前所有者から伊野波に直接売却され、伊野波からオータに売却されたことも争いがない。

しかし、本件各取引については、契約書(乙九の七ないし二九)及び登記簿(乙一〇の六ないし三一)によれば、別表1記載のとおり、最終的には本件物件がすべて伊野波からオータに譲渡された形になっているものの、この取引経過の真実性については争いがある。

二  玉城物件の取得

玉城は、昭和六一年七月三一日、玉城物件を前所有者島袋清信から個人で買い受け、オータに対し、本件物件及び伊野波三物件のオータの用地買収がすべて終了した平成元年五月一二日に売却している(乙九の一・二)。

玉城は、右買収の目的について、当初は分譲マンションの建設、販売をする予定であったが、伊野波から本件物件をオータへ譲渡する誘いを受けたため、分譲マンションの建設計画を止め、オータへ売却したと供述している。

しかし、オータは原告が本件物件を取得する以前である昭和六〇年ころから、同社やその関連会社を通じて、沖縄県中南部において相当数のパチンコ店舗などの用地買収を手がけており(乙二五)、このことは玉城も耳にしていた(原告代表者)。オータ沖縄支社開発部長辻脇久雄(以下「辻脇」という。)によれば、昭和六〇年ころにも本件物件を買収する計画があったが、物件二の建物を取得できずにとん挫していたものであり(乙四の一、辻脇証人)、物件二の前所有者仲田節子も契約する二、三年前ころから売買の話があったと(乙五の二・二〇)供述している。そして、玉城物件は面積はわずかであるが、国道に面し、かつ現在パチンコ店舗となっている「バーディー諸見店」の間口のほぼ中央に位置し、本件取引に際しては、玉城物件の登記済権利証がオータに差し入れられている(原告代表者)ことからも明らかなように、パチンコ店舗用地取得の上では重要な土地であった。

また、当時の玉城物件には、合名会社中部電化商事(以下「中部電化商事」という。)所有の建物(物件一)、仲田節子所有の建物(物件二)の一部が建っており、物件一、二を取得できなければ分譲マンションの建設はできず、転売もできない状態であった。しかも、当時の玉城物件は、間口が一五メートル程度で奥行きが相当程度あり、おおむね第一種住宅地域の建ぺい率、容積率等が適用され、土地の形状は道路面から次第に傾斜して低くなり、右道路から奥行き約四〇メートルに位置する物件一との高低差は一〇メートル以上になるため、分譲マンションの建設に適した用地とはいえず、現在もパチンコ店の三層構造の駐車場として使用されているにすぎない(乙二六)。

玉城は、物件一、二及び七も購入し、土地の傾斜部分には地下駐車場を作る予定だった、マンションの平面図を作成したと供述するものの、右図面は提出されておらず、また、用地買収の資金計画や事業計画も立てておらず(原告代表者)、マンション建築を具体的に計画していたとは認めがたい。また、玉城は、マンションの建設計画は中止はしていないと言いながら、物件一及び二の売却に立ち会っており(原告代表者)、自己が購入を予定し、分譲マンション計画に不可欠の土地建物の売却に仲介の労を執るのは不自然であり、分譲マンション計画のために玉城物件を取得した旨の供述は信用できない。

三  前所有者との交渉

1  物件一、二について

物件一は、中部電化商事の所有であったが、売買交渉は具志堅康夫(以下「具志堅」という。)が行った。具志堅は昭和四九年一一月二〇月に中部電化商事の代表社員に就任し、昭和五七年九月一〇日に退任しているが、退任後も同社の実質上のオーナーであり、中部電化商事の財産を任意に処分する実権があった。具志堅は、昭和六三年五月一九日、物件一及び二をまとめて契約書上は伊野波に売却している(争いのない事実)。

具志堅は、昭和六三年五月一九日より二、三か月前に、物件一及び二の売買交渉を金武との間で行っており、坪九〇万円との数字まで決まっていたが、玉城から伊野波が坪一〇〇万円で買うから待ってくれと言われた、しかし、金額の交渉は玉城と行ったと述べている(乙五の三ないし六・二六)。右事実は、物件二の土地の前所有者島袋満が、昭和六一、二年ころ、具志堅から売買の話があったが、昭和六三年二月ころ、不動産業者と具志堅からもう一度話を持ちかけられ、昭和六三年三月ころ、契約をしたとしていること(乙五の一)、仲田節子が、契約する二、三年前ころから売買の話はあったが、一時途切れて、昭和六三年五月一九日の二、三日前、具志堅から、買い手がいるから売ってくれないかとの話を持ちかけられたとしていること(乙五の二・二〇)からも裏付けられる。

玉城は、契約時の立会以外、物件一、二の取引には一切関与していないと供述している。しかし、具志堅が玉城から必要経費をもらって宮崎に出向き、玉城物件の取得交渉を行ったこと、玉城が物件一及び二を取得したがっていたことは具志堅も知っていたこと、そのために具志堅も尽力をしていたこと(原告代表者)などから、玉城が全く関与していないとは考え難い。玉城は、伊野波から具志堅を紹介して欲しいと言われて紹介した、契約時に初めて伊野波が物件一及び二を買うことを知って驚いたなどと供述するが、物件の取りまとめを頼んでいた具志堅が他人に売ることを知りながら、その仲介をするというのは不自然である。したがって、玉城の右供述部分は信用できない。

2  物件三ないし五について

物件三の前所有者高江洲榮は、物件三の売却について、昭和六三年三月九日に玉城及び兼城賢次が一度会いに来た他は、物件五の前所有者高江洲昌弘が行い、自分は関与していないと申述している(乙五の一五)。

物件四の前所有者合資会社曙スーパーの専務嘉手川繁弘は、物件四の売却について、高江洲昌弘に委任し、売買代金支払の際に玉城と会った他は、関与していないと申途している(乙五の一三)。

玉城は、物件五に関して、昭和六一年一二月末から前所有者である高江洲昌弘と接触し、さらに同人の債権者である株式会社琉球住宅ローンサービスと交渉を開始したが、右会社の事情から物件五は競売にかけられることになったので、原告も入札に応じ、昭和六二年四月一七日、最高額で落札した。しかし、二番入札の琉球住宅との入札価格差が大きいため、保証金を放棄した上、右会社から買い取った方が有利と判断し、原告との契約が成立した昭和六三年六月一〇日まで交渉を続けた(乙三の三、原告代表者)。玉城は、物件三、四についても、高江洲昌弘を介して売買交渉を行ったことを認めており、伊野波はこれに関与していない。

3  物件七ないし一〇について

物件七の前所有者島袋正仁は、玉城が、昭和六三年の夏ころ、突然訪ねてきて物件七を売ってくれと言われたこと、玉城に説得されて売却を決心したこと、契約のときに比嘉司法書士が来た以外は玉城一人と交渉していたことを申述している(乙五の七)。

上里信吾は、物件八の前所有者上里信義の長男であり、右物件の譲渡契約をした者であるが、昭和六三年七、八月ころ、玉城の依頼を受けた物件九の前所有者津覇寛仁から物件八を売ってくれないかと申出があったこと、その数日後、津覇が玉城を連れて訪ねてきて仮契約をし、二週関後に津覇を立会人として玉城と契約をしたことを申述している(乙五の九・一〇・二二)。

津覇は、玉城が、昭和六三年七月ころ、物件九の売買の話を持ってきたこと、契約するまで五、六回接触していること、契約及び代金の授受は原告事務所で玉城と行い、立会人はいなかったことを申述している(乙五の九)。

玉城が、物件七ないし一〇について、自ら交渉したことを認めており(原告代表者)、右各物件の前所有者との売買交渉には伊野波は全く関与せず、玉城が一人で行っていたことが認められる。

四  物件六について

1  宮城明男(以下「宮城」という。)は、昭和六三年五月一二日、物件六を代金合計三一〇〇万円で競売により取得した(那覇地方裁判所沖縄支部昭和五九年(ケ)第九〇号、乙九の二七)。

この競落について、玉城は、原告名義で入札したかったが、高江洲昌弘との関係上、宮城を儲けさせるために同人に入札を勧め、購入資金は玉城が個人で貸し付けることを約束したこと、入札価格は二人で相談したこと、昭和六三年三月三〇日に保証金として三九〇万円、同年五月六日に残金二七一〇万円を原告社長室で宮城に渡したこと、返済方法については競売物件を転売した時点で返済すれば良く、担保の提供は求めなかったことなどを供述している(乙三の二、原告代表者)。

宮城も、当初は、右玉城の供述に沿って、伊野波とは売買の時、初めて会い、伊野波との契約金額の折衝は玉城が行っていたが、儲かると言われて競売に参加し、購入金額は全部玉城から借用したと申述していた(乙六の五)。しかし、宮城は、その後、右供述内容を翻し、玉城から競落代金を借り受けたことはない、宮城が平成二年三月六日にした確定申告は、玉城の指示に従って行っただけであり、納税資金一五〇万円を玉城からもらった、宮城自身は入札手続、契約書の署名押印以外には何ら関与しておらず、玉城が入札価格の決定、入札に際しての資金捻出等すべてを行っていた、伊野波への売却益である八〇〇万円は玉城が取得したと供述した(乙二八、宮城証人)。

宮城と玉城との消費貸借契約書が作成されていないこと、宮城の供述のうち、伊野波とは売買時に初めて会ったこと及び契約金額の折衝は玉城が行っていたことには供述に変遷がなく、玉城が主導的に動いていたことは明らかであること、宮城は玉城から一五〇〇万円ほどの資金援助を受けており(宮城証人、原告代表者)、玉城の依頼を受けて競落手続を引き受ける理由があったこと等にかんがみれば、宮城の右変遷後の供述は信用できる。

2  競落代金三一〇〇万円のうち、宮城が入札に際し、納付した競売のための保証金三九〇万円は、昭和六三年三月二九日に沖縄銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座(口座番号一一七一六〇七)から出金されており(乙二四)原告内部の会計処理上は、宮城に対する仮払金勘定に仕分けされている(乙二三の八・三三頁、三四頁)。残余の競落代金二七一〇万円も、昭和六三年四月三〇日に琉球銀行諸見支店の原告名義普通預金口座(口座番号一六〇五六五)から出金されている(乙一六)。

原告内部の会計処理上は、昭和六三年五月六日、右の二七一〇万円を玉城に対する短期貸付金勘定に仕分けし、宮城に対する仮払金三九〇万円も玉城に対する短期貸付金勘定に振り替えられた。そして、同月一九日には玉城に対し、新たな短期貸付金として三〇〇〇万円が支出されているが、同年六月七日に至り、玉城から原告に対し、右の二七一〇万円、三九〇万円及び三〇〇〇万円の合計六一〇〇万円の短期貸付金について返済がされたことになっている(乙二三の一〇・五頁、二六頁、乙二三の一一・八頁)。しかし、前述のとおり、そもそも右消費貸借契約はなかったのであり、これらは架空の会計処理ということになる。

また、原告は、同年七月三一日、決算に際し、宮城と伊野波との間の不動産仲介手数料のうち宮城に対する規定報酬料金として一二三万円(土地代金三九〇〇万円に三パーセントを乗じた金額に六万円を加算したもの)の支払が未了であるとし、これを未収の手数料収入として計上処理し、さらに平成元年三月六日、右の未収金一二三万円の現金支払を受けたとして処理されている(乙二三の一二・三五頁、乙一三の八・七頁)。しかし、宮城が当時玉城から多額の借金をしており、納税用に渡された資金も使ってしまうほど金に困っていたことからすると宮城が現金でこのような支払をするとは考え難く、宮城の供述にも照らし、架空の会計処理と考えられる。

五  物件七及び八について

1  前所有者島袋正仁は、物件七を代金六一一八万円で原告に売却し、玉城が準備した額面三六一八万円、二〇〇〇万円、五〇〇万円の小切手三通を代金として受領したこと、あらかじめ準備された売買代金三六一八万円とする売買契約書に署名捺印したこと、玉城から所得税の申告の際には、代金三六一八万円の契約書で申告するよう指示されたことを申述している(乙五の八)。

原告は、昭和六三年九月一三日、沖縄銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座(口座番号一一五七七七六)から四一一八万円を引き出し、これを額面三六一八万円の同銀行の自己宛小切手(乙一四、一五)及び額面五〇〇万円の自己宛小切手(乙一五)とした。原告は同日、琉球銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座(口座番号一六〇五六五)から二〇〇〇万円を引き出し、これを額面二〇〇〇万円の自己宛小切手とした(乙一六、一七)。

原告は、昭和六三年九月一三日、島袋正仁に対し、土地代金六一一八万円を右三枚の小切手で支払った。島袋正仁は、沖縄市コザ農業協同組合諸見出張所において、額面三六一八万円の小切手は島袋正仁名義、額面五〇〇万円の小切手は島袋正則名義で、額面二〇〇〇万円の小切手は宮城美代子名義で裏書をし、それぞれ裏書人名義で定期預金口座を設定した(乙一八)。

すなわち、原告は、契約書上の代金額に二五〇〇万円を上乗せして支払っているが、原告と伊野波間の売買代金額は三九三七万円であるから、原告は、取得価額以下の金額で伊野波に譲渡したことになり、不自然である。

2  上里信吉は、物件八の譲渡代金として玉城から契約書の金額に三〇〇万円を加えた五四〇〇万円を受領したことを申述している(乙五の一一・二二)。玉城も右三〇〇万円は玉城個人の金で出したと供述している(原告代表者)。そうであれば、物件八についても、原告は取得価額以下の金額で伊野波に譲渡したことになり、不自然である。

3  原告は、物件七については、次のとおりの会計処理をしている。

原告は、昭和六三年九月一三日、沖縄銀行諸見支店普通預金口座から三六一八万円を引き出し、これを物件七購入代金とし、同日、琉球銀行諸見支店普通預金口座から二〇〇〇万円を、沖縄銀行諸見支店普通預金口座から五〇〇万円をそれぞれ現金で引き出し、これを伊野波に貸し付け、伊野波への短期貸付金として処理した(乙一三の二・九頁)。昭和六三年一〇月一三日、琉球銀行諸見支店の伊野波盛輝名義普通預金口座(口座番号二五〇九七五)から沖縄銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座に二五〇〇万円及び利息一〇万円が振り込まれ、右短期貸付金の返済を受けた(乙一三の三・一五頁、乙一九)。

これによれば、差額二五〇〇万円は伊野波が原告から借りて島袋正仁に支払い、オータからの入金後に返済したかのようにみえる。そして、玉城は差額二五〇〇万円を渡したことは認めるも、これは伊野波がやったことで、伊野波から返済を受けていると供述している(原告代表者)。

しかし、伊野波にとっては、代金六一一八万円で物件七を購入し、オータに九〇〇〇万円で売った方が、譲渡利益が少なくなる利点があり、右のような操作をするメリットは何もなく、伊野波がこのような操作したとは認め難い。伊野波自身も裏金のことは知らないと供述する(伊野波証人)。右操作によって得をするのは、伊野波に三九三七万円で売却したとする原告であり、玉城の右供述部分は信用できない。

六  オータとの交渉

1  有限会社田口測量設計代表者田口忠雄(以下「田口」という。)は、田口と辻脇は知合いであったが、辻脇から本件物件をまとめてくれればオータが購入する意思があるとのことだったので、昭和六三年中旬ころ、玉城にオータの話をした、玉城は、辻脇に電話をして後日会う約束をし、リージョンクラブに田口、玉城、辻脇、コザ借用金庫支店長安里昌菊が集まり、だいたい値段の話までした、その後、税務対策をしなければならないという話になり、座間味から伊野波の推薦を受け、数日後、玉城と田口と伊野波で会った旨申述している(乙六の三)。

玉城は、当初、伊野波の紹介でオータと接触したと主張していたが(甲一三)、原告代表者尋問では、「田口か伊野波か」と田口の関与を窺わせる供述となっている。伊野波は、辻脇も田口も玉城から紹介してもらつたと供述している。辻脇は、当初、伊野波から連絡があり、最初はリージョンクラブで二人であったと申述していたが(乙四の一)、その後、田口の紹介で、玉城、伊野波と会った(乙四の二、四)と申述を変え、証人尋問においては、伊野波と二人で会ったことを否定し、田口の紹介で二人同時に会ったと証言している。田口は、玉城から紹介されるまで伊野波を知らなかったのだから、田口が辻脇に伊野波を紹介したとは考えにくい。田口は玉城が辻脇に電話したことを供述している(乙六の三)が、これは辻脇が当時のオータ開発部課長喜納正雄への引継ぎの際に、本件取引は玉城から電話で持ちかけられたと話している(乙四の七)ことからも裏付けられる。

結局、最初にオータに接触したのは、伊野波ではなく玉城であると認めるべきである。

2  本件では、オータから伊野波宛の不動産取得依頼書が作成されており(乙四の三添付)、オータが本件取引を伊野波に依頼したかのように見える。

しかし、辻脇は伊野波宛の不動産取得依頼書について、売り手側の希望で伊野波宛にした旨証言している。伊野波は、不動産取得依頼書については、昭和六三年五月一九日にブルースカイヒルでオータから第一回の売買代金を受け取ったときに同時に受け取ったものであって、自分が要求したものではないと供述している(伊野波証人)。当時のオータ沖縄支社の支社長南国雄は、本件物件周辺の不動産取得の依頼に関して、諸見里の物件については本当にまとまるのか辻脇に聞いたところ、玉城が肝心なところを取得していたので、リージョンクラブで南と辻脇と玉城の三人で会った、伊野波とは会ったことがないと申述している(乙四の三、乙四の四)。玉城は伊野波宛の不動産取得依頼書について昭和六三年三月一五日ころに出されたもので、宛先を伊野波としたのは誰の判断でしたのかよく分からないと曖昧な供述をしている(原告代表者)。

これらの関係者の証言を見ると、不動産取得依頼書の記載のみから、オータが本件物件取得の依頼したのが伊野波であるとは認めることができない。

3  南国雄は、本件の土地購入の最終決定権を持っていた者であるが、本件について、玉城としか会っておらず、伊野波という人物は知らないと供述している(乙四の三、四)。一方、辻脇は、南が伊野波と会っていると供述している(辻脇証人)が、伊野波はこれを否定している(伊野波証人)。また、辻脇は、本件取引において、契約書上の売主名は特に指示していなかったが、売主側で伊野波と記入してきた、伊野波と玉城は常に同席していたので、二人の共同作業であると思うことがあった旨供述している(辻脇証人)。

オータ沖縄支社の経理部長仲村渠勝一は、本件物件の登記については、玉城と伊野波の両名から、必ず伊野波に名義を移した後にしてくれとの強い要望があった、登記費用について買主負担であるため伊野波の負担が大きいという話をしたが、それでもということであった、売買代金の支払については、現金で支払うか振込によるかは玉城の指示に従って準備し、伊野波に支払ったと申述している、乙四の五、六)。

これらの関係者の申述からは、本件取引の交渉の主導権を玉城が握っていた様子が窺える。

七  譲渡益の帰属

1  オータからの入金

本件取引の土地代金としてオータが支払った金員は次のとおりである(争いのない事実。ただし、第六回の支払は伊野波三物件分である)。

第一回 昭和六三年五月一九日 五億六〇〇〇万円

第二回 同年七月二九日 一億〇二〇〇万円

第三回 同年八月一八日 四億一二二〇万円

三億円

第四回 同年一〇月五日 三億三五五〇万円

第五回 同年一二月二八日 七一三〇万円

第六回 平成元年四月一九日 四億〇〇〇八万四〇〇〇円

第七回 同年五月一二日 一〇〇万円

合計 二一億八二〇八万四〇〇〇円

2  伊野波名義の普通預金口座の開設

(一) 琉球銀行諸見支店行員洲鎌隆夫は、昭和六三年七月二九日午後三時ころ、玉城から新規に普通預金口座を開設したいので、原告の事務所まで来て欲しいと電話で依頼された。洲鎌が普通預金新規申込用紙を用意して、原告事務所に赴いたところ、玉城と伊野波が同席しており、伊野波が申込書に所定事項を記入した。洲鎌は、事務所応接室にあらかじめ用意されていた現金一億二〇〇万円を同僚の行員とともに、銀行の車に積み、琉球銀行諸見支店に戻った。玉城は、伊野波とともに、琉球銀行諸見支店まで同行し、このとき伊野波名義の普通預金口座(口座番号二五〇九七五、以下「伊野波名義口座」という。)が開設された(以上につき、乙七の五、原告代表者)。

(二) 琉球銀行所定の普通預金申込書兼印鑑票では普通預金口座の開設にあたり、開設者が明示方式(通帳に預金者の印鑑を登録(押印)するため、預金者は当該通帳と印鑑があれば、開設した支店以外の店舗でも預金引出ができる方式)か印鑑票方式(通帳に印鑑を登録せず、印鑑票を保存している支店以外の店舗では預金引出しができない方式)のいずれかを選択することになっている。伊野波名義口座は、口座開設した昭和六三年七月二九日から平成元年五月二日までは、印鑑票方式となっていた(乙七の六)。伊野波は、玉城の指示で新たに印鑑を作って口座を開設し、預金通帳と印鑑は玉城が所持していたと供述し、玉城ミサ子も、右口座を開設する前に伊野波から言われて印鑑を作ったこと、最初は玉城が預金通帳を持っていたのではないかと思われることを申述している(乙四四)。

(三) 伊野波は長男が住む「沖縄市字泡瀬一四二一番地県営美東団姐八―一〇六」(その後、昭和六三年一二月二九日に中頭郡読谷村字伊良皆五四八番地に転出)を住所地とするとともに、「那覇市若狭一丁目一〇―二平良アパート」を居所として、「中頭郡西原町字森川二四三―五森川マンション一〇三号」の玉城ミサ子宅を行き来していた。伊野波は南部瀞仁が個人で経営している相拓の嘱託として不動産ブローカーをしていたが、相拓は、「那覇市辻一丁目一六番地一」に所在している(乙六八)。これに対し、昭和六三年当時の原告の所在地は、「沖縄市字諸見里一三七一番地」(乙一二。平成三年九月一〇日同市南挑原一丁目二〇番一七号に移転)であり、琉球銀行諸見支店は、原告事務所からは近距離にあるが、伊野波の住所及び居所からは遠く、運転免許のない伊野波にとつて利便性があるとは言い難い。

原告は、以前から同支店と取引があり(乙一六)、同支店支店長新城俊郁(以下「新城」という。)の手控え(乙七の三添付)に、得意先として度々原告名の記載が見受けられるなど、同支店の重要顧客であったといえる。他方、伊野波は同支店での取引実績は見当たらない。

3  昭和六三年八月一八日の入金

(一) 昭和六三年八月一八日、オータから第三回目の支払代金七億一二二〇万円のうち四億一二二〇万円が伊野波名義口座に振り込まれた(乙一九)。

玉城は、右同日、伊野波を伴わず、現金三億円を用意して琉球銀行諸見支店に来店した。玉城は、事前に、伊野波の筆跡で署名された出金伝票を用意していた。両支店の行員二名は、同支店の二階まで玉城の車から現金三億円を運んだ上、玉城の立会の下で現金有高を確認し、新城は玉城から出金伝票及び伊野波名義口座の通帳を預かった(乙七の二・八)。

新城は出納係に右現金三億円について所定の入金処理をさせた(一三時五〇分五四秒、乙四〇)。その後、新城は既に振込まれていた四億一二二〇万円及び右現金三億円の入金のうちから、玉城から預かった出金伝票に基づき、三億円を現金で引き出し(一三時五二分三四秒、乙二〇)、さらに一億四七〇万円を引き出し(一三時五三分一八秒、乙七四)、三億円は現金のままで、一億四七〇万円は自己宛小切手にして(一三時五四分二五秒、乙三九)、玉城に渡した(乙七の二、一九)。

この自己宛小切手は、右同日、琉球銀行コザ支店において、伊野波盛輝名義で裏書され(一四時七分一九秒、乙二一)、これをもとに同支店において、伊野波名義で額面二〇〇〇万円、三〇〇〇万円及び五四七〇万円の三通の自己宛小切手が振り出され(一四時一五分四二秒、乙七五)、それぞれ原告名義で裏書されている(七六の一ないし三)。そして、同額の一億四七〇万円が沖縄銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座(口座番号一一三五三四一に振り込まれた(乙二二)。また、右同日、現金三億円のうちの二億四〇〇〇万円が原告名義の同口座に預け入れられた(一五時七分、乙七七、乙二二)。残りの六〇〇〇万円については不明である。

(二) 玉城は、これらの処理には伊野波も同行していたと供述し、伊野波もその旨申述している(乙二の七)。しかし、新城及び同支店行員平良忠彦が玉城が一人で訪れたと申述している上、琉球銀行コザ支店における伊野波名義の裏書署名(乙二一)は、出金伝票(乙二〇、七四)の伊野波名義の署名の筆跡と一見して異なること、特に「伊波盛輝」と書いた後に「野」の文字を書き込んだように見受けられることを合わせ考えると、伊野波は右裏書署名の際、琉球銀行コザ支店にはいなかったものと認められる。そうすると、一連の処理が短時間に連続し行われていることに照らし、伊野波は琉球銀行諸見支店にもいなかったと考えられる。伊野波の筆跡と考えられる出金伝票の署名は、いずれも事前に用意できるものであり、右認定を左右するものではない。

(三) 原告は右出入金について、伊野波が、右同日、物件三ないし五の譲渡代金の前受金四九三五万五〇〇〇円を沖縄銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座(口座番号一一三五三四一)に振り込んだものとして経理処理をした(乙一三の一・三〇頁)。また、原告は、伊野波が、右同日、物件八ないし一〇の譲渡代金の手付金二億九五三四万五〇〇〇円を原告名義の同口座に振り込んだとして経理処理をした(乙一三の一・三一頁)。

前述のとおり、昭和六三年八月一八日に原告名義の同口座に現金二億四〇〇〇万円及び自己宛小切手一億四七〇万円に分けて合計三億四四七〇万円が入金されており(乙二二)、経理処理で伊野波から前受金として受け取ったとされている四九三五万五〇〇〇円及び二億九五三四万五〇〇〇円の合計額が三億四四七〇万円と同額になる。

4  昭和六三年一〇月五日の入金

(一) 玉城は、昭和六三年一〇月五日午後三時ころ、伊野波を伴わず、オータから第三回の支払代金として受領した額面三億三五五〇万円のコザ信用金庫宜野湾支店振出に係る自己宛小切手(乙六九の一、二)及び伊野波盛輝名義の署名のある普通預金払戻請求書(乙七の四添付)を持参して琉球銀行諸見支店に来店した(乙七の四、伊野波証人)。

新城は伊野波名義口座へ、額面三億三五五〇万円の小切手による入金処理をした(一五時三分四秒、乙一九、七の四添付)。さらに、新城は玉城の依頼で、同人が持参した普通預金払戻請求書(払戻金額一億六二四五万六八〇〇円)に基づき、伊野波名義口座から出金処理をした(一五時五分一一秒、乙一九)。

右出金のうち、九四四五万六八〇〇円は、同支店の原告名義の普通預金口座(口座番号一六〇五六五)へ振り込まれ(一五時九分七秒、乙一六、乙七の四添付)ている。残額六八〇〇万円については、玉城が、額面一五〇〇万円、四七〇〇万円の二枚の自己宛小切手を振出し(一五時八分二〇秒、乙七の四添付)、右一五〇〇万円の小切手は、後に額面九〇〇万円、額面四〇〇万円、額面二〇〇万円の三通の自己宛小切手に分割された。残り六〇〇万円も同支店から額面六〇〇万円の自己宛小切手が振り出された(一五時一六分二一秒、乙七の四添付)後、玉城からの依頼を受けた新城の指示で、同支店行員新井裕一に伊野波盛輝名義で裏書させた上、現金化された(一五時一六分五八秒、乙七の一一添付、七の四・九・一〇)。その現金の行く先は不明である。

(二) 原告は、右同日の入金について、伊野波から、物件七に係る仲介手数料の未収入金二九九万一三〇〇円、譲渡代金の前受金三九三七万円、物件八ないし一〇に係る譲渡代金の前受金一二五万五〇〇〇円、物件六に係る仲介手数料の未収入金一三万二〇〇〇円、本件物件に係る仲介手数料の未収入金五〇七〇万八五〇〇円の合計九四四五万六八〇〇円の振込みがされ、琉球銀行諸見支店の原告名義の普通預金口座に入金したとの経理処理をしている(乙一三の三・六、七頁、乙一六)。

原告は、その後、右原告名義の口座から五一七五万円を引き出し(一五時一一分四秒、乙七の一一添付、乙一六)、それを資金源として、同支店から額面五一〇〇万円と額面七五万円の二通の自己宛小切手が振り出され(一五時一二分二二秒、乙七の一一添付)、物件五の売主である株式会社琉球住宅ローンサービス(以下「ローンサービス」という。)に対し、土地代金として五一〇〇万円を支払う(乙一三の三・七頁、乙四一)とともに、右会社に対する未払金一五〇万円と原告の立替金七五万円を相殺して七五万円を支払った(乙一三の三・八頁)との経理処理をしている。

原告がローンサービスに昭和六三年九月九日に支払うべき五一〇〇万円の決済日は、同年一〇月五日に変更されており(乙四二、四三)、右支払は急を要していたと言える。

(三) 玉城は、昭和六三年一〇月五日、伊野波と一緒に琉球銀行諸見支店に出かけ、伊野波が入出金処理をしたと供述する。伊野波は、銀行の玄関前まで玉城と一緒に行き、銀行内に自分一人で入ったとしている(乙二の五)。しかし、前述のとおり、新城は、玉城が一人で来たと申述しており、新井裕一も伊野波名義で裏書をしている。伊野波が銀行内にいたのであれば、わざわざ新井裕一に署名をさせる必要はない。また、伊野波は、三億三五五〇万円を現金で持ち込んだとしていたが、現金ではなく小切手で持ち込まれたことは、マイクロフィルムに撮影して保存されている(乙六九の一・二)ことから明らかであり、伊野波も小切手で入金した記憶はないと供述していることから(伊野波証人)、他の日と混同していると考えられる。したがって玉城の右供述部分も信用できない。

5  伊野波から譲渡益の受領

伊野波は、本件取引以前に、第一勧業銀行那覇支店の担当者から預金口座開設の勧誘や顧客の紹介依頼を受けていた。伊野波は、原告から本件取引による利益の一部金一億五〇〇〇万円を預かっていたが、右金員の返還に際し、玉城に対し、一部を右支店で定期預金にするよう依頼した。玉城は、右一億五〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円程度を定期預金にしても良いと承諾したので、伊野波は、平成元年七月中旬、右支店の担当者に対し、玉城が三〇〇〇万円の定期預金口座を開設する旨伝えた。伊野波は、平成元年八月三日、支店担当者に対し、伊野波名義の普通預金口座から三〇〇〇万円を引き出した上、玉城名義で額面三〇〇〇万円の三か月満期の定期預金を設定するよう申し出た。そこで、右担当者は右伊野波名義口座から三〇〇〇万円を引き出すための支払票を起票し、これを基に玉城名義の定期預金口座を開設した。

平成元年八月四日、玉城が来店し、右担当者と面会し、定期預金証書を受領した。右定期預金は、平成元年一〇月五日、玉城により中途解約されている。平成元年八月八日、伊野波は同支店の普通預金口座から二〇〇〇万円を引き出した上、これを玉城に渡した(乙三の六、五三、五四)。

伊野波から受領した計五〇〇〇万円について、原告の確定申告書(乙五五ないし五七)にその記載がなく、収入除外となっている。玉城は、被告に対し、平成三年三月一三日付けで平成二年分所得税の確定申告書を提出し、原告ほか一件からの給与所得のほか、雑所得五〇〇〇万円を申告している(乙五八)。玉城が申告した雑所得の内容については、右申告書の裏面の収入の種類欄に謝礼金と、所得の生じる場所欄に従前の伊野波の住所地が記載されていることからすると、右の伊野波から受領した五〇〇〇万円を申告したものであると考えられる(乙五九)。

玉城は、税務調査の当初は、伊野波からの五〇〇〇万円の受領について、全く知らないと供述していたが(乙三の四)、その後の調査で同年九月二五日には右事実を認めざるを得なくなった(乙三の六、原告代表者)。そして、原告の確定申告書、帳簿書類等に計上がないことが指摘され、玉城が平成三年三月に平成二年分の玉城個人の所得として申告したものである。

八  その他の事情

1  登記手続費用

原告は、昭和六一年一二月ころから登記手続を比嘉武一司法書士に依頼しており、同司法書士は、原告の依頼を受けて、本件物件の元地権者から原告、原告から伊野波、伊野波からオータへの所有権移転登記に関与している(乙八の一ないし三、乙四六)。

原告作成の伝票によれば、比嘉に対する平成元年五月二二日の支払に関して、沖縄銀行諸見支店の原告名義口座から七八五万円を現金出金し、比嘉司法書士に現金八五万円を仮払し、右原告名義口座に現金七〇〇万円を預入れしたと記載されている(乙一三の一〇・一八頁)。実際には、原告名義口座から七八五万円を引き出した後、これを比嘉名義の普通預金口座に、伊野波盛輝名義で六九二万五〇〇〇円、原告名義で八五万円、玉城名義で七万五〇〇〇円を振り込んでいる(乙一四、四七ないし五〇)。

原告の処理によれば、原告が伊野波、玉城の代わりに登記費用を一時立て替えた後に、返済を受けたかのような形になっている。しかし、右返済は当日のうちにされており、また、伊野波の口座から比嘉の口座へ直接振り込まれても支障はないはずで、不自然である。結局、原告は、特段の理由がないのに、伊野波の取引に係る登記費用まで負担したことになる。

2  売買契約年月日

物件三ないし五について、原告と伊野波の契約年月日は昭和六三年七月三〇日であるが(乙九の二六)、伊野波とオータの契約は同月二九日となっている(乙九の二九)。物件七について、島袋正仁と原告との契約年月日は昭和六三年九月一三日であるが(乙九の一三)、原告と伊野波の契約は同月一〇日となっている(乙九の一四)。物件一〇のみりおん産業株式会社と原告との契約年月日は昭和六三年八月一九日であるが(乙九の一六)、原告と伊野波、伊野波とオータの売買はいずれも同月一八日となっている(乙九の一九、二〇)。

右の各契約年月日をみると、いずれも後者の売買契約の方が先に締結される不自然な結果となっている。それにもかかわらず、本件取引が成立したのは、元地権者及びオータとの交渉並びに契約が一体として行われたためであると考えられる。

3  更正請求取下げの申入れ

伊野波は、本件物件に関し、オータと前所有者との間に中間取引人として介在したことによって譲渡所得を得たとして、法定申告期限内の平成二年三月一五日、被告に対し、平成元年分の所得税の確定申告書を提出していたが、その額、右確定申告は、オータと本件物件の前所有者との間に中間取引人として介在した事実はないのに、原告の身代わりとなってその譲渡所得分についても申告したもので、確定申告書記載の譲渡所得の金額が過大であったとして、平成二年四月一三日、被告に対し、更正請求をし、これが新聞記事に取り上けられた(乙四五)。

当時、玉城が地上げに関与した不動産には、南部瀞仁が代表者を務める有限会社相拓名義に所有権移転登記手続がされた沖縄市久保田一丁目六九四番一他三筆の土地(以下「久保田土地」という。)があったが、南部は、平成二年五月中旬頃、玉城から電話で「久保田土地は、伊野波が出資したものであるから、伊野波が税金で因っているなら、久保田土地を処分して税金の支払に充てたらどうだろうかと伊野波に話して貰えないか」と言われ、平成二年六月六日に伊野波にホテル西武オリオンの喫茶店で玉城の意向を伝えたが、伊野波は自分は久保田土地の代金を支払っていない、玉城が支払ったものであり、現場も見たこともないと言って断ったと供述している(乙三四、南部証人)。これは伊野波の供述(伊野波証人)を裏付けるもので、同席した玉城ミサ子も西武オリオンで伊野波と南部が面会したことは申述している(乙四四)。

玉城は右事実を否認するが、南部がことさら玉城を陥れるために虚偽の証言をする理由はないし、また、当初、本件取引による譲渡益を得た旨の確定申告をした伊野波が、これを翻し、原告にいわばぬれぎぬを着せるような行為に出たのにもかかわらず、玉城が、久保田土地の処分権を伊野波に委ねることを見返りに、更正の請求の取下げをするよう説得しようとしたのは不可解である。

4  伊野波と玉城の生活状況等

伊野波は、不動産関係の仕事をするための事務所は持っておらず、アパートの自室に電話もなかった。昭和五〇年当時、個人で土木建築業を経営していたが、親会社が倒産し、負債額一億円くらいを抱えて倒産した。その後、宜野湾市大山にあったキシエンタープライズの資金の工面を頼まれ、八〇〇〇万円を借り入れて準備したため平成二年五月でも四〇〇〇万円の残金がある。キシエンタープライズのころからアパートを紹介したり、甘茶づるなどの販売もやっていた。昭和六〇年ころから、相拓の嘱託として不動産ブローカーをしていたが、給与は歩合制であった。相拓の営業担当という名刺で行動していたが、宅地建物取引主任者の資格は持っておらず、運転免許も持っていなかった(乙二の一、二の二、一一、四四、伊野波証人、南部証人)。

他方で、玉城は本件取引当時、原告の代表取締役社長であったが、原告の資産は、本件更正処分前の六三年七月期で約五億六〇〇〇万円、納付した法人税額は約三五〇〇万円であり(乙五五)、経営は順調であった。宮城への資金提供もしている(宮城証人、原告代表者)。

5  原告は、昭和六三年三月ころ、伊野波から、オータの本件土地取得に協力するよう依頼され、その際、<1>原告が既に所有している土地及び原告が自ら取得することができた土地は、原告において自ら売主となって伊野波に売り渡す。伊野波は、原告が地主から買い入れた代金に五パーセント上乗せした代金で買い取る、<2>原告が取得できない土地については、地主と伊野波との売買の仲介人になる。その際、原告は伊野波から売買代金の三パーセントの仲介手数料を取得する、<3>原告は、伊野波が取得した土地をオータに譲渡する際、その仲介人となり、伊野波及びオータからそれぞれ売買代金の三パーセントの仲介手数料を取得する旨の条件で合意した旨主張する。

しかし、右三条件については、契約書も作成されていない上、前記認定のとおり、原告がオータから手数料として受け取った金額は五五〇〇万円であり、取引金額の三パーセントの受取手数料となっていない。物件七については、原告の主張通りとしても原告の利益は五パーセントではなく、一一・三四パーセントを上乗せした額である。また、前記認定のとおり、契約書上の代金額によれば概ね右条件に沿うものの、実際の代金額を前提とすると、右<1>ないし<3>の条件は、本件取引においてほとんど満たされていない。これに加えて、玉城は本件物件に関するオータの買付価格を自ら決定し、かつ地権者等との買受交渉にもあたり、その価格も知っているのに、その差額の譲渡利益の相当部分を伊野波に取得させ、仲介手数料のみを取得するのは不可解であり、なぜ伊野波にそのような利益を図るのか合理的理由が見あたらない。玉城は本件物件、伊野波三物件に関して早くから地上げに入り、玉城物件を取得済みで、すでに資本を投下し、他の土地に関しても相当の労力を投下して地権者などから売却に関する一定程度の同意を取り付けていたことを併せて考えればなおさらである。したがって、そもそも右三条件の合意があったとは認めることができない。

九  伊野波の供述

1  伊野波は、本件取引について次のように供述している。

本件取引について、伊野波は、玉城から頼まれて名義貸しをしたものであり、原告の利益と伊野波の利益に課される税金についてはその利益に応じて負担することが合意されていた。本件物件に関する買収交渉に伊野波は関与しておらず、売買価格の交渉も登記手続も登記手続費用などの支払もすべて原告が行った。伊野波名義口座を利用して、本件物件の取引に係る金銭の出入金を行ったが、すべて玉城の指示により出金し、出金した金銭ないし小切手を玉城に渡している。

伊野波は本件物件に関し、オータと前所有者との間の中間取引人として譲渡所得を得たとして、平成元年分の所得税の確定申告書を提出した。しかし、当初、原告が応分の税負担をする旨約束していたのにこれを反故にされ、原告との間で税負担の争いが生じたため、平成二年四月一三日、伊野波は、右確定申告は原告の身代わりとなって申告したものであるとして、被告に対し、更正の請求をした。

2  伊野波は、被告に対し何度も申述をしているが、その内容は、名義貸しに関する玉城との合意内容、口座開設の際の状況、不動産取得依頼書の入手の有無、経緯などに関して変遷があり、関係者の供述などとも一部食い違う点がある。例えば、伊野波三物件の買取りで利益を挙げたから玉城に名義を貸したと時間的に矛盾することを話したり(乙二の一)、伊野波名義口座は玉城が伊野波名義に作ってあったのでびっくりしたと申述しながら印鑑票を見せられて訂正したり(乙二の二)、不動産取得依頼書は持っていないと申述しながら原本をあずかったと訂正したり(乙二の二・八、一〇)、昭和六三年九月ころから印鑑と通帳は自分が管理するようになったと申述しながら、同年一〇月一三日以降であると訂正したり(乙二の八・一二)、具志堅に五〇〇〇万円の裏金を渡したと申述しながらこれは売買代金の残金であると訂正したり(乙二の八・一四)、伊野波名義口座からの出金はすべて自分の利益であると申述して(乙二の五)、証人尋問で訂正したり、玉城から一億五〇〇〇万円を渡すから更正請求を取り下げて欲しいとの話があったと南部から聞いたと申述しながら(乙二の四)、証人尋問で久保田土地をやるからという話であったと訂正したり、伊野波三物件による利益は伊野波がもらって良いということで名義貸しを引き受けた(乙二の一七)としながら、証人尋問では、伊野波三物件からの利益は折半、名義貸しの手数料は五〇〇〇万円であったと供述している。

前記のとおり、伊野波は、原告に譲渡益が課税されることにより、課税を免れる立場にあり、しかも、いったんは譲渡益が自己に帰属するものとして確定申告をしたことを考慮すると、その供述の信用性については慎重に判断することが必要である。しかし、伊野波の供述は、玉城に名義貸しをしたという核心部分に関しては一貫しており、また、これまで認定した資金の流れを示す客観的証拠や他の関係者との供述と概ね符合している。したがって、右の食違いは、名義貸しをしたという点についての伊野波の供述の信用性を排斥するに足りるものであるとは言えない。

一〇  玉城の供述

玉城は、本件取引は契約書及び登記簿謄本のとおりであり、原告は伊野波とオータの取引の仲介をしただけであると供述しているが、これまで認定したとおり、その供述は他の関係者の供述と相違し、他の証拠に照らしても、原告から出資されている資金をことさら伊野波に貸し付けて、伊野波を経由させるなど不自然な点が多く、信用できない。

一一  本件処分の適否

1  所得税法一二条は、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属すると認められる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用するとしており、実質所得者課税を規定している。

前記認定のとおり、本件取引については、契約書及び登記簿謄本上は伊野波が本件物件の譲渡人とされているが、いずれの物件も前所有者との交渉は玉城が行っていること、玉城物件の取得経緯、物件七及び八のいわゆる裏金が原告から出資されていると考えられること、物件六の取得者である宮城への資金援助の経緯、オータとの交渉の経緯、伊野波名義口座を実質は玉城が取り仕切っていたと考えられること、その伊野波名義口座を通してオータからの譲渡益が玉城又は原告の用に供されていること、一連の取引のたびに行われた会計帳簿上の操作、伊野波が更正請求をした事実等を総合すれば、契約書上本件取引の譲渡人とされる伊野波は単なる名義人であって、本件取引の譲渡収益は原告が享受していると認められる。

したがって、本件取引の譲渡収益は原告に帰属するものとして、所得税法を適用するのが相当である。また、原告は、あたかも伊野波が中間取引人として存在するかのように装い、伊野波名義口座を利用して仮装の取引を行い、譲渡益の圧縮を図ったものであるから、国税通則法六八条一項の「事実の仮装・隠ぺい」に該当し、重加算税が課される。さらに、原告は本件取引に係る譲渡益を右のとおり、帳簿に記載しないで確定申告書を提出したから、法人税法一二七条一項三号に規定する「帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し」に該当するから、本件青色申告はその承認を取り消されるべきである。

2  原告は物件一及び二の取引に関しては、伊野波から四六一七万九七〇〇円、オータから一〇二五万三七〇〇円の仲介手数料を受け取ったと申告していたが、前記認定のとおり、原告は右物件を合計六億九一一四万円でオータに譲渡したものであるから、原告の昭和六三年七月期の所得金額及び重加算税額は別表2のとおりとなる。

3  原告は物件三ないし五及び七ないし一〇の取引に関しては、原告が伊野波に五億二五八二万五〇〇〇円で譲渡したとして、また、物件六に関しては、仲介手数料のみを受け取ったと申告していたが、前記認定のとおり、原告は物件三ないし一〇を合計一〇億九〇八六万円でオータに譲渡したものである。また、島袋正仁に対する裏金二五〇〇万円及び上里信義に対する裏金三〇〇万円を取得費として認めるが、宮城明男に対する謝礼金とされていた四九二万三一八〇円は実際には支払がなかったため経費から除くから、原告の平成元年七月期の所得金額及び重加算税額は別表2のとおりとなる。

4  原告は、本件青色申告承認取消通知書に「合資会社中部電化商事」との記載があったことをもって法人税法一二七条二項の趣旨に反すると主張する。

同条項の趣旨は処分を受けた法人にその理由を理解させ、不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解されるところ、本件では確かに「合資会社中部電化商事」との誤記が認められるが、右通知書には土地及び建物が特定されて記載されており、右土地建物の取引が合名会社中部電化商事との取引であることは原告には容易に分かるから(甲一)、右誤記が原告の不服申立てに不利益を与えているとは認められない。したがって、右誤記をもって、同条項の趣旨に反するとは認められない。

5  原告は、被告が本件更正通知書に理由の記載がないことをもって、法人税法一三〇条二項の趣旨の潜脱であると主張する。

同条項の趣旨も前記同様、処分を受けた法人にその理由を理解させ、不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解されるところ、本件では、更正処分の前に同じ理由で青色申告承認取消処分を行っており、青色申告承認取消通知書には、処分理由が書いてあるから、更正通知書に理由の記載がないからといって、原告に不服申立てに不利益を与えているとは認められず、同条項の趣旨の潜脱であるとは認められない。

6  以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊藤啓昭 裁判官 井上直哉 裁判官 瀬戸さやか)

別表1 諸見里3丁目におけるオータ取得地の取引図

<省略>

別表2 所得金額及び課税土地利益金額の内訳

<省略>

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